紺色日記

@ohsakacの未推敲の考えごとなど

マイノリティの日々 視界

2024.5.8

日常の中で刺さったとげとげが何となく抜けないで思い返される日。近代文学の授業でロマンティックラブイデオロギーを取り扱ったあと、わざわざ「まあ僕は社会学はあまり好きじゃないんですが。恋愛して、結婚して、それでもいいんじゃない?って思う」と付け足した先生。この文脈で社会学が嫌いって、人権が嫌いってことですか。ロマラブイデオロギーでの“恋愛ー結婚”は、個人の良し悪しや好みではなく構造の問題であると思うのですが、と思う。この先生と隣同士の研究室である私の指導教官がもしこの場にいたら、笑顔と共に短い言葉で一刺しするのだろうと夢想した。

別の授業で、内容もおもしろくてご本人の人柄も素敵だと感じていた先生の口から「××はいわゆる両刀使いだったんですね。男性も女性もという」という言葉が出た。いつの時代の言葉?じゃあ私は多刀使いってことですか笑、と皮肉を込めて言いたくなる。この教室内に当事者はいないものとして話される言葉たち。失望。

私の家の窓の外に仮設された足場はいつまであるのだろうか。もう工事は終わっているのに。私は精神面の症状が酷い時期、ベランダから知らない男が入ってくるという想像が頭から離れず恐怖と警戒で不眠になっていた。ベランダがないという点も含めてこの部屋に決めて暮らしているため、足場があると少し怖い。既に一度足場に誰かがいる夢を見てしまっていた。足場はいつ無くなるのか、という確認をするには、他の部屋の工事で私の部屋に入室が必要だった時に「彼氏でもないのに男3人で入ってすみませんね笑」「引っ越してきたばかりだしもし男入るのが初めてだったりしたらごめんなさい笑」などという発言を世間話として浴びせてきた大家に連絡を取らねばならない。舐められやすい。自分は悪くないのに、自分の属性が嫌になる瞬間が本当に嫌だ。強そうで強い身体が欲しかったと思うとき、自分の身体の脆弱性を見下してしまうのも嫌だ。硬い紺色に塗った爪と共に中指を立て続ける。しかし、やはり長生きはしたくない。